首里城は沖縄の歴史・文化を象徴する城であり、首里城の歴史は琉球王国の歴史そのものである
首里城は国王とその家族が居住する「王宮」であると同時に、王国統治の行政機関「首里王府」の本部でもありました。また、各地に配置された神女(しんじょ)たちを通じて、王国祭祀(さいし)を運営する宗教上のネットワークの拠点でした。さらに、首里城とその周辺では芸能・音楽が盛んに演じられ、美術・工芸の専門家が数多く活躍していました。首里城は文化芸術の中心だったのです。
琉球王国の終焉
1879年春、首里城から国王が追放され「沖縄県」となった後、首里城は日本軍の駐屯地、各種の学校等に使われました。
沖縄戦による全焼
1930年代には大規模な修理が行われたが、1945年にアメリカ軍の攻撃により全焼しました。
廃墟と化した首里城の瓦礫の山出典: Okinawa Prefectural Archives
廃墟と化した首里城の瓦礫の山
廃墟と化した首里城の瓦礫の山出典: Okinawa Prefectural Archives
⽡礫と化した⾸⾥城の城壁。その下には池がめぐらされていました。後⽅に⾒えるのは⾸⾥の町で、焼け残った樹⽊は城を囲んでいた森の⼀部。
首里城公園の開園
1992年、沖縄の本土復帰20周年を記念して国営公園として復元されました。復元された首里城は、18世紀以降をモデルとしています。
世界遺産の登録
2000年12月、「琉球王国のグスク及び関連遺産群」が日本で11番目の世界遺産として文化遺産に登録されました。
首里城公園の全園開園
1992年の首里城公園開園後も復元工事は続き、京の内や書院・鎖之間、黄金御殿などいくつもの建物やエリアが復元されました。2019年2月には国王の生活空間である御内原の供用開始により、開園から27年の歳月をかけその全容を見ることができるようになりました。
タップして利用
現在の首里城公園です。これらの焼失した建物の再建を目指しています。
沖縄県立博物館・美術館
沖縄県立芸術大学附属図書・芸術資料館
琉球大学
沖縄県公文書館
国営沖縄記念公園事務所
一般財団法人 沖縄美ら島財団
株式会社 PASCO