薩摩切子とは
透明ガラスの上に色ガラスを厚く被せ、様々なカット文様を彫って作られる、江戸時代に生まれた鹿児島の工芸品です。「ぼかし」と呼ばれる日本独特の美意識が作り出した意匠は、卓越したカット技術でのみ生み出されます。精緻で優美な究極の美しさがあふれます。
薩摩切子の歴史
19世紀中頃、島津家二十八代当主島津斉彬は豊かな国づくりをめざし、様々な産業を興しました。その一つとしてガラス器の製造を推進。職人たちの手によって、極めて短期間のうちに生み出されたのが「薩摩切子」です。その中で重要な役割を担ったのが、父の代に江戸から招かれた切子職人・四本亀次郎でした。
中国の乾隆ガラスに用いられていた色被せガラスの製法とヨーロッパのカット文様。そして江戸の職人の技。それらを取り入れ、独自で進化を遂げた究極のカットガラス、それが薩摩切子です。
薩摩の紅硝子
薩摩では、日本で初めて金や銅を用いて発色させた『紅硝子』の製造に成功します。数百回もの試験を繰り返し成功させた「紅硝子」は、島津家が運営する近代工場群で培われた当時の最高峰技術の結晶でした。

この切子は「薩摩の紅硝子」として大変珍重され、島津家から公家や大名家への贈答品として使われていました。

薩摩切子の終焉
誕生からわずか30年足らず、花火のごとく開花した輝きは、斉彬の急逝と明治維新の動乱にのまれ、夢幻のように姿を消してしまいます。薩摩切子はいつしか、「幻の工芸品」となりました。
復元事業
それから約100年の時を超え、1985年、鹿児島県の仙巌園に隣接するゆかりの地で復元事業が始まりました。100年以上も途絶えていたため、復元するときには、ほとんど資料が残されていませんでした。 ゼロからの出発と、試行錯誤の日々の始まりです。
薩摩切子の「ぼかし」
薩摩切子の色ガラスは、1~3ミリと厚みがあり、その厚みこそが薩摩切子にとって、とても重要なのです。そこにカット文様を彫りこむことで、彫りの深さの微妙な違いから模様とともに柔らかな濃淡の「ぼかし」が生まれるのです。
薩摩切子の色
豊かな色彩は島津薩摩切子の魅力のひとつです。紅・藍・緑・黄・金赤・島津紫の6色の他に、2001年には新シリーズ『二色衣』が誕生。異なる二色を組み合わせた表現は、島津薩摩切子の新しい世界を築きあげました。薩摩切子復元30周年の2015年には、モノクロシリーズとして、墨黒と真珠白が仲間入りしました。
復元から35年を迎え、島津薩摩切子の工房を巣立っていった職人たちにより、薩摩切子を製造する会社は、鹿児島県内で5社となりました。それぞれが更なる境地へと挑戦を続けています。
薩摩ガラス工芸では、製造工程の見学ができます。隣接するギャラリー(年中無休)では、直営店ならではの品揃えでご覧いただけ、購入することができます。
京都女子大学 生活デザイン研究所
提供: ストーリー

【資料提供】
薩摩ガラス工芸
尚古集成館

【協力】
尚古集成館

【監修・テキスト】
薩摩ガラス工芸

【翻訳】
・エディー・チャン

【サイト編集・制作】
・石川真実 (京都女子大学 生活造形学科

【プロジェクト・ディレクター】
・前﨑信也(京都女子大学 准教授
・山本真紗子(立命館大学)

提供: 全展示アイテム
ストーリーによっては独立した第三者が作成した場合があり、必ずしも下記のコンテンツ提供機関の見解を表すものではありません。
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