志村貴子『おとなになっても』2巻出典: © 志村貴子/講談社
ジェンダー、セクシュアリティの多様性や、様々な愛や関係性のかたち、女性の加齢や生き方といったテーマを内包する、魅力的な10作品を紹介。
志村貴子『おとなになっても』2巻出典: © 志村貴子/講談社
女性同士、しかも片方が既婚者。前途多難にも思える二人の恋だけれど、甘やかなキスシーンにはこれが「運命的な出会い」だとひとめでわかる説得力がある。
女性であるあの人に恋をした
志村貴子『おとなになっても』
ある日突然すべての人の性別が入れ替わったら――。そんなデビュー作『ぼくは、おんなのこ』(2003)以来、多様な性のありかたをやわらかく肯定する作品を発表してきた志村貴子。2020年現在連載中の『おとなになっても』は、大人の百合(女性同士の恋愛)がテーマ。
雁須磨子『うそつきあくま』下巻出典: ©︎ 雁須磨子/祥伝社
涙、ひげ、皮膚、体温。五感にうったえるBL(*)
雁須磨子『うそつきあくま』
雁須磨子のマンガは五感を刺激する。
先輩マンガ家・宇郷と、彼の元アシスタントで売れっ子マンガ家の余利。同じ職業だからこそ時々緊張が走ったり切ないことも多いふたりの恋を、雁須磨子はユーモアをまじえて描いていく。
「うそつきあくま」こと宇郷がようやく素直になる瞬間が、このページ。表情がよく見えないからこそ、涙やひげの感触、呼吸や体温といった細部の感覚が際立って伝わってくる。これぞ雁須磨子マジック。
*ーBL(ボーイズ・ラブ)とは、主に女性作家が女性向けに男性同士の恋愛を描いたマンガや小説のジャンル
中村明日美子『Jの総て 3 (中村明日美子コレクションⅥ)』出典: © 中村明日美子/太田出版
マリリン・モンローになりたい少年
中村明日美子『Jの総て』
舞台は20世紀半ばのアメリカ、モンローに憧れる少年・Jが主人公。作者あとがきによれば、Jは「ゲイではなく 女言葉に色気を帯びさせ、ピンヒールで風を切り、口切るタンカはリズミカル ふりむく笑顔は極上品」。
他者からの性別のカテゴライズなど無用。Jの魅力と人生の美しさに満ちた作品だ。
約15年前に発表された作品だが、2021年秋より新たにスピンオフシリーズ「piece Jの総てアナザーストーリーズ」が始動している。
入江喜和『ゆりあ先生の赤い糸』4巻出典: ©入江喜和/講談社
夫の愛人たちとのシェアライフ
入江喜和『ゆりあ先生の赤い糸』
50歳の主人公・ゆりあは、夫が倒れたときに初めて、彼に男と女の愛人(?)がいたことを知る。夫の介護のために愛人たちと奇妙な同居生活を行ううちに、互いへの絆が生まれていき……。年齢や外見、性別にまつわる世間の「普通」に沿うのではなく、自分なりの真摯さをもって生きてみたら。ゆりあが青年・リクの運命の人説にはっとするシーンからも、そんなメッセージがうかがえる。
性別にまつわる世間の「普通」に沿うのではなく、自分なりの真摯さをもって生きてみたら。ゆりあが青年・リクの運命の人説にはっとするシーンからも、そんなメッセージがうかがえる。
よしながふみ『大奥』17巻出典: ©︎ よしながふみ/白泉社
偽の夫婦のほんとう
よしながふみ『大奥』
パンデミックによって男子が極端に減り、男女が逆転した江戸時代の大奥を描くSF大河歴史ロマン。シリーズ最大の山場は、4巻を費やして描かれた第14代将軍・家茂と和宮の「ラブストーリー」ではないだろうか。
将軍を務める家茂と、兄の身代わりで降嫁した和宮。嘘のなかにあった女性同士の結婚だが、夫婦の絆は本物だ。『大奥』では血で家をつなぐことの残酷さが繰り返し描かれてきたが、家茂は和宮に血にとらわれない新しい時代への思いを語る。友人・恋人・共犯者のどれにもはまらない(あるいはそのすべてである)、名前のつかない関係性が胸を打つ。
紗久楽さわ『百と卍』1巻出典: ©︎ 紗久楽さわ/祥伝社
男色とBLの交錯点
紗久楽さわ『百と卍 』
時は江戸時代・文政後期(19世紀初頭)。元・陰間(男娼)の百樹は、ある雨の日に浅草の駒形堂で卍に出逢い拾われた――。ふたりの愛にあふれた生活を江戸情緒たっぷりに描く『百と卍』。
江戸に魅了されてきた作者が、日本の男色(男性の同性愛)文化から「BL」というジャンルにフィットする部分を抽出して描かれているこの作品。物語の冒頭、真夏の長屋の陰影と見つめ合う男たちの姿によって、世界観に一気に引き込まれる。
中野シズカ『てだれもんら』1巻出典: ©︎ 中野シズカ/KADOKAWA
固まらない関係の瑞々しい描写
中野シズカ『てだれもんら』
寡黙な庭師の明と元ヤンの板前・トオルは、毎週土曜日に食事をともにする関係。言葉にはしないものの明への好意がしばしば漏れ出してしまうトオルだが、彼らには過去の火事の因縁がある。じつは明はモノノ怪(ケ)のついた庭を祓う特殊な庭師で……⁉
あいまいな関係を彩るのは、美しい料理と不思議な気配に満ちた庭。人間関係と呼応するように、固定した形を持たないものが鮮やかに切り取られている。水や炎の描写も必見だ。
和⼭やま『夢中さ、きみに。』出典: ©︎ 和⼭やま/KADOKAWA
恋未満の奇妙なときめき
和⼭やま『夢中さ、きみに。』
和山やまが描いているのは、おそらくギャグマンガと言っていいのだと思う。人間関係の一瞬の空白、不思議な間や妙な空気を描き、笑いを呼び起こす。
初単行本となった短篇集『夢中さ、きみに。』収録の「かわいい人」は、男子校の借り物競争で「かわいい人」というお題をひいた江間くんと、江間くんに借りられた林くんの話だ。
真顔でずれた行動をする林くんにツッコミながらも、江間くんは結局「かわいいな」と思ってしまう。ふたりの関係は恋というにはあまりにも淡い。人間(性別は問わない)のあいだにほんのりときめきがたちのぼる瞬間に、読者もときめくのだ。
水沢悦子『ヤコとポコ』3巻出典: © 水沢悦子(秋田書店)2014
「適当」な相棒
水沢悦子『ヤコとポコ』
少女マンガ家・ヤコと、猫型ロボットでアシスタントのポコ。ヤコは、ちょっとドジだけれど一生懸命なポコとおしゃべりをしながら机に向かい、日々仕事をしている。ポーカーフェイスで毒舌のヤコが、時々、ほんの少しだけあらわにするポコへの愛情の発露をぜひ見逃さないでほしい。じつは本作の舞台は、人間が機械に操られないようにインターネットと携帯電話が禁止された「革命後」の世界。
絶対的他者であるはずの人間とロボットのあいだに流れる温かい気持ちの往還が心地よい。
鶴谷香央理『メタモルフォーゼの縁側』第47話出典: ©︎ 鶴谷香央理/KADOKAWA
「好き」がつなぐもの
鶴谷香央理『メタモルフォーゼの縁側』
同じBLを好きになったことをきっかけに交流を深める75歳の老婦人と書店員の女子高生を描く本作。「好き」という感情が、世界の扉をどんどん開いていく。大好きな作品の最終回を読んで、深夜のファミリーレストランでおしゃべりが止まらないふたりの姿がいとおしい。
フィクションに本当に心を動かされたら、現実だって変わっていく。年齢差などの境界を軽々と飛び越える「好き」のパワーと、語り合える仲間の存在がまぶしい。
文:横井周子
編集:福島夏子(美術出版社)
監修:宮本大人(明治大学)
制作:株式会社美術出版社