マンガを読むのはいけないこと? マンガ規制の年代記

マンガを読む子供や若者に大人たちが眉をひそめた時代は、いまやはるか昔のことだ。だが、マンガの歴史は、公的機関などからの検閲、そして描く側、発行する側の自己規制と不可分に進んできた。現在も続く、マンガと社会の摩擦を考える。

作成: 経済産業省

「子供雑誌の浄化へ(上)」大阪朝日新聞 1938(昭和13)年11月1日

「子供雑誌の浄化へ(上)」出典: 大阪朝日新聞 1938(昭和13)年11月1日

1938年 「児童読物改善ニ関スル指示要綱」(昭和13年に内務省より発布)
公権力による児童図書出版に対する詳細な「指示」が行われた最初期の例。活字の大きさから始まって、商業主義の抑制、俗悪表現や恋愛描写の排除といった表現内規制までこと細かに「指示」されている。漫画については「卑猥俗悪ナル漫画及ビ用語」の禁止、「漫画ノ量ヲ減ズルコト」と総量規制に言及している。内務省は官僚的独善を避けるため児童文学者らから意見を聴取して要綱を作成。公権力の一方的な介入ではなく「良書」を推奨したい文化人の意志も働いていたのである。

武内つなよし『赤胴鈴之助』 (『少年画報』1955年2月号)出典: 少年画報社

1955年 悪書追放運動
「手塚治虫の漫画が燃やされた」と喧伝される漫画史上の大事件。それ以前から始まっていたバッシングが、1955年に入って加速され、『鉄腕アトム』(手塚治虫)や『赤胴鈴之助』(福井英一・武内つなよし)など当時の人気作品も批判の対象になった。鳩山一郎首相が施政方針演説で「不良出版物絶滅」を提唱し、朝日と読売が「悪書」を批判し、日本子どもを守る会が出版側の自粛を求め、東京母の会連合会が悪書追放大会を開催。中央青少年問題協議会(総理府)の「青少年に有害な出版物・映画等対策専門委員会」が政府に答申を行った。出版側も「世論」に応えて自主規制を強化。ここでも公権力・民間・マスコミの連携が見られる。

『奇譚クラブ』1964年12月号出典: 天星社

1964年 東京都青少年健全育成条例制定
類似の条例と有害図書類指定は他の道府県にもあるが、県境を越えることはできない。出版社が集中する東京都による指定は全国区的な影響力を持つ。1964年11月から始まった不健全図書指定は『実話と秘録』などの実話誌、『奇譚クラブ』『風俗奇譚』『裏窓』などの性風俗誌、『近代映画』などのピンク映画誌が中心だった。その後66年に『コミック画報』が指定され、それ以降官能劇画誌がコンスタントに指定されるようになる。出版倫理協議会が指定された書籍への帯紙などの業界内自主規制ルールを策定。

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1970年 ハレンチ漫画バッシング
1968年から連載が始まった永井豪『ハレンチ学園』(集英社、1968)が大ヒット。児童の間でスカートめくりが流行。70年に朝日、毎日が賛否両論的にブームを紹介したことから、教育関係者、PTAなどからバッシングが始まる。エッチシーンと教師批判が非難された。同時期に性をテーマとする手塚治虫の『アポロの歌』(少年画報社、1970)と、食人描写を含むジョージ秋山の『アシュラ』(講談社、1970)が叩かれ、ともに神奈川県で有害図書指定された。手塚は同年、福岡県で『やけっぱちのマリア』(秋田書店、1970)が有害図書指定されており、指定を報じる『西日本新聞』(1970年8月27日付)に反論コメントを寄せている。

『漫画エロジェニカ』1978年11月号出典: 海潮社

1978年 三流劇画誌の摘発
1969〜70年の政治の季節に敗れた全共闘世代の鬱屈の受け皿となった三流劇画ブームは75年にピークを迎えた。三流劇画は「エロさえあればなんでもあり」の世界だったため、多彩な才能が参集したが、粗製濫造と当局の規制によって右肩下がりになっていく。78年、三流劇画ブーム御三家の一誌だった高取英編集の『漫画エロジェニカ』11月号が、翌年には『別冊ユートピア/唇の誘惑』がわいせつ容疑で摘発され凋落に拍車がかかり、81〜82年から「エロ漫画」の主流を漫画系エロ漫画(ロリコン漫画→美少女コミック)に譲り渡すことになる。

遊人『ANGEL』1巻(1988)出典: 小学館

1990年 有害コミック騒動
1988〜89年の連続幼女誘拐殺人事件が引き金となった漫画バッシング。市民団体、母の会、PTAなどが、上村純子の『いけないルナ先生』(講談社、1986)や、遊人の『ANGEL』(小学館、1988)等の性表現を含む青少年漫画の追放運動を展開。この動きに朝日新聞社説「貧しい漫画が多すぎる」(1990年9月4日付)がお墨付きを与え、警察庁も摘発に乗り出した。出版側は91年に「成年コミック」マークを導入という自主規制強化を強いられたが、この過程で漫画家自身が読者とともに規制反対の声を挙げ始め「コミック表現の自由を守る会」「AMI」などが生まれ、後の反規制運動に繋がる契機ともなった。

榎本ナリコ『センチメントの季節』1巻(1998)出典: 小学館

1999年 紀伊國屋書店事件
児童ポルノ禁止法施行に伴い、条文を精査することなく「漫画も規制対象になる」と誤解した紀伊國屋書店が、未成年者の性行為(またはそれに準ずる性表現)を含む成年コミックのみならず、榎本ナリコ『センチメントの季節』(小学館、1998)や山本直樹の作品、BLコミックス、さらには井上雄彦『バガボンド』(講談社、1998)、小山ゆう『あずみ』(小学館、1994)、三浦健太郎『ベルセルク』(白泉社、1989)、写真集『本上まなみ写真集』を系列書店で一斉に撤去し、「児童ポルノ禁止法が施行されました。当店は法律を順守します」と掲示した。当然ながら、この事件は批判を浴び、国会でも行き過ぎた自主規制として問題となった。

『蜜室』わいせつ罪摘発事件の全貌を追った、長岡 義幸『「わいせつコミック」裁判―松文館事件の全貌!』出典: 道出版

2002年 『蜜室』わいせつ罪摘発事件
警察庁OBの平沢勝栄衆議院議員が、支持者から送られたビューティヘアの『蜜室』(松文館、2002)の規制を求める投書を警察庁に転送したことから捜査が始まり、刑法175条違反容疑で作者、松文館社長、編集局長が逮捕された事件。マンガへの175条適用は初ではないが、最高裁まで争われた例は、これがはじめて。2007年に上告が棄却され二審の有罪判決が確定した。ほかの成年コミックと比較して修正が甘いわけでもなく、物語性もしっかりあったが、そうした点は斟酌されなかった。

東京都青少年健全育成条例改正案について考える大規模集会(2010年5月17日、池袋)出典: 永山薫事務所

2010年 非実在青少年条例改正問題
石原慎太郎都知事提案の東京都青少年健全育成条例改正案が激論を巻き起こした。改正案は児童ポルノ禁止法の規制対象ではない架空表現を「非実在青少年」として規制しようとしていた。表現規制に反対する団体AMI、都議会民主党などの反対運動により、知事提案が否決されるというあまり前例のない結果となった。同年、「非実在青少年」を外した改正案が提出され、「民法で認められない近親婚、犯罪や自殺を教唆する表現」を規制する「新基準」を含む形で成立。新基準はようやく2014年に『妹ぱらだいす2』(KADOKAWA、2014)に適用された。

コンビニの成人向け雑誌コーナー(2019)経済産業省

2019年 コンビニエロ本追放問題
コンビニで区分陳列した上で販売されていた「成人誌」、東京都の区分では「類似誌」が、2020年開催予定だった東京オリンピック・パラリンピックの訪日外国人や女性に配慮するという名目で排除されることになり論議を呼んだ。コンビニでは「成年コミック」「成年向け雑誌」は販売されておらず、追放された漫画誌などはいずれも厳しいコンビニ基準に沿ったソフト路線だった。千葉市が一部のコンビニから排除したり、婦人団体が排除を要求するという背景があったが、そうした動きがどこまで影響したかは確認できない。単に時代に合わせた売り場の再構成と見るべきかもしれない。

『東京都不健全図書カタログ大全2020年版:マンガ論争特別編集』(2020)出典: 永山薫事務所

2020年 BLが不健全図書の大半を占める
最近の傾向として、漫画、アニメの女性差別といった文脈での批判は散発的に起こり、SNSで炎上するが、公権力による規制は不健全/有害図書類指定を中心とする有害図書類規制のみ。中でも東京都の指定では男女比が逆転し、最近ではとくにBLが毎月指定され、男性向けのソフトコアは年に2〜3冊にとどまっている。BLが目の仇にされているというよりは、男性向けソフトコアが規制とコンビニ誌の排除により激減。相対的にBLが目立つようになった結果であろう。都は「あくまでも都条例の基準を適用した結果」という見解を示している。

提供: ストーリー

文:永山薫
編集:新原成華、福島夏子(美術出版社)
監修:宮本大人(明治大学)
制作:株式会社美術出版社
2020年制作

提供: 全展示アイテム
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