作成: 経済産業省
「手塚治虫展」展示風景−−東京国立近代美術館
「漫画」という名前をこのジャンルに与えた今泉一瓢は、新聞というマスメディアをその舞台としながら、一方で洋画団体・白馬会の展覧会に「漫画」を出品してもいた。「漫画」はその始まりにおいて、美術の一ジャンルとしても位置付けられようとしていたのである。
だが戦後、子供向けの物語マンガが発展し、青年向け、大人向けと拡大する中で、大衆文化としての認識ばかりが強まり、美術でもあろうとしていたことは忘れられていった。
その上で、再びマンガと美術の接近や交錯が意識される場となったのが、美術館でのマンガ展である。
「手塚治虫展」展示風景出典: 東京国立近代美術館
手塚治虫展(東京国立近代美術館、1990年)
近年盛んになっているマンガ展を考える上でひとつの起点となるのが、東京国立近代美術館で行われた手塚治虫展であろう。国立の美術館がひとりのマンガ家の展覧会を開いたことで大きな話題を呼んだ。1988年に開館した川崎市市民ミュージアムが、公立の美術館・博物館として初めてマンガ部門を設けたことと並んで、国公立の美術館がマンガ展を行うことに「お墨付き」を与えた形になった。一方で、ホワイトキューブの空間にマンガの原画をどう展示すべきかという、以後のマンガ展が取り組む課題もはっきり示したと言える。
「進撃の巨人展FINAL」東京・森アーツセンターギャラリーでの展示風景出典: ©諫山創・講談社/進撃の巨人展FINAL製作委員会
進撃の巨人展FINAL(森アーツセンターギャラリーほか、2019-20年)
単一の作家、または作品を取り上げたマンガ展は、美術館・博物館、百貨店の催事場等で90年代後半ごろから盛んに行われるようになった。その中で、壁に並べられた原画をただ読ませるような展示ではなく、様々な造作や映像等によって、原画とその解説が置かれる展示空間全体で作品の世界観を体感できるようにするという方法論が確立されていく。
「進撃の巨人展FINAL」東京・森アーツセンターギャラリーでの展示風景出典: ©諫山創・講談社/進撃の巨人展FINAL製作委員会
大規模かつ丁寧につくり込まれた造作と映像の中で、原画自体の魅力もきちんと見せるバランスを取っていたこの展覧会は、そのひとつの到達点と言えるだろう。
「井上雄彦 最後のマンガ展」展示風景出典: ©️I.T.Planning,Inc.
井上雄彦 最後のマンガ展(上野の森美術館ほか、2008-10年)
井上雄彦は、2004年、神奈川県の廃校になった高校の校舎を使い、教室の黒板23枚にチョークで描き下ろした『SLAM DUNK あれから10日後』の「展示」に成功した。この経験をもとに、すでに出版されている作品の原画を展示するのではなく、美術館の空間の構造、サイズを最大限に生かし、その空間に合わせて大小さまざまの「コマ」を全て描き下ろし、展示全体で、連載中の作品『バガボンド』の、「最後の」エピソードを先取り的に物語った。井上が「空間マンガ」と呼ぶ、マンガそのものの新たな制作・発表・体験の形を提示したと言える。
「井上雄彦 最後のマンガ展」展示風景出典: ©️I.T.Planning,Inc.
「土田世紀全原画展」展示風景出典: 京都国際マンガミュージアム
土田世紀全原画展(京都国際マンガミュージアム、2014年)
43歳で亡くなった作家が遺した、作品の原画約18000点を文字通り全て展示した。展示ケース内に原稿を積み上げ、床に設置した強化ガラスの下に原画を敷き詰め、観客にその上を歩かせるという常軌を逸した展示手法をとることで、マンガを描くという営みにこの作家が懸けた圧倒的な熱量を示した。
「土田世紀全原画展」展示風景出典: 京都国際マンガミュージアム
キュレーターが作品を選び出すことによって作家の本質を見せる、というのではなく、展示のあり方自体で作家と共鳴するという大胆な試みだった。
「バレエ・マンガ展」展示風景出典: 京都国際マンガミュージアム
バレエ・マンガ展(京都国際マンガミュージアムほか、2013-14年)
美術館での開催が増えたとはいえ、百貨店の催事場などでの開催も多く、出版社など作品の権利者にとっては「販売促進イベント」としての性格も持たされているというのがマンガ展の現実だ。単一の作家・作品ではなく、ひとつのテーマに合わせて複数の作家・作品を集めた展示は、複数の権利者との交渉が必要な上、権利者側のメリットが少ないと見なされがちである。
「バレエ・マンガ展」展示風景出典: 京都国際マンガミュージアム
少女マンガ史で重要な意味を持つバレエ・マンガの系譜をたどったこの展示は、その困難を乗り越え、キュレーションに携わったメンバーの調査・研究の成果を展示として昇華した。
『描く!』マンガ展~名作を生む画技に迫る―描線・コマ・キャラ~ 展示室入口キービジュアル出典: 大分県立美術館
『描く!』マンガ展~名作を生む画技に迫る―描線・コマ・キャラ~(大分県立美術館ほか、2015-17年)
マンガ評論家の伊藤剛監修のもと、マンガを「描く」という営み、その技術の継承と革新に着目した展覧会。 戦後から現在に至る各時代の重要作家はもちろん、特攻隊員として戦死した青年の遺したマンガや、日本のマンガ文化を支える同人誌文化、オンラインメディアのpixivにも触れ、マンガを「描く」楽しみが広く一般に浸透していることの重要性に気付かせる。
『描く!』マンガ展~名作を生む画技に迫る―描線・コマ・キャラ~ あずまきよひこコーナー展示風景出典: 大分県立美術館
大分県立美術館の開館年夏の自主企画展として開催され、全国のマンガミュージアムや美術館5ヶ所を巡回した。多くのマンガ専門の学芸員や研究者が協力し、日本のマンガ研究・マンガ展示の高い水準を示したと言える。
梅佳代《私の家のドラえもんの写真》、「THE ドラえもん展 TOKYO 2017」での展示風景出典: ©2001 Kayo Ume
THEドラえもん展(森アーツセンターギャラリーほか、2017年〜)
村上隆や奈良美智をはじめ、梅佳代、増田セバスチャン、しりあがり寿など、日本の現代美術作家たちが自分なりの解釈による「ドラえもん」を表現した作品を集めた。国民的に愛されたマンガキャラクターを共通の素材とすることで、各作家の個性も際立っている。
増田セバスチャン《さいごのウエポン》、「THE ドラえもん展 TOKYO 2017」での展示風景出典: ©Sebastian Masuda/Lovelies Lab. Studio ©Fujiko-Pro
現代美術に馴染みのない観客も楽しく見ることができ、それぞれの作家に関心を持つきっかけにもなりうる。ドラえもんという作品・キャラクターについて、様々な観点から見つめなおすことのできる展示となっている。 高岡、名古屋、大阪、新潟、札幌、京都を巡回し、2022年4月からは岡山県立美術館で開催が予定されている。
「現代日本短編マンガ展」展示風景出典: © Clement-Oliver Meylan 提供:国際交流基金
現代日本短編マンガ展 (パリ日本文化会館ほか、2001-04年)
海外での日本マンガの人気の高まりに伴って、日本マンガを取り上げた展覧会も欧米、アジア諸国を中心に開かれるようになっている。その最初の成功例と言えるのが、国際交流基金によってフランスで開かれたこの展覧会である。
「現代日本短編マンガ展」展示風景出典: © Clement-Oliver Meylan 提供:国際交流基金
マンガ表現論の第一人者である夏目房之介と、当時川崎市市民ミュージアムの学芸員として多くのマンガ展を手掛けていた細萱敦が監修し、展示の範囲で読みきれる短篇作品に絞り、衝立型の読ませる展示装置を工夫するなどして、フランスの知識層に、日本マンガの芸術的水準の高さを示した。好評を博して、以後ヨーロッパ各地を巡回した。
「MANGA展」展示風景出典: 提供=大英博物館
MANGA展(大英博物館、2019年)
大英博物館が初めて日本のマンガを大々的に取り上げたことで大きな話題となり、3ヶ月で約18万人を動員する大成功を収めた展覧会である。日本では極めて困難と思われる、豪華な展示作家・作品のラインナップは、日本人が「大英博物館」という場所に対して見出している権威性なしには実現しなかったのではないか。
「MANGA展」展示風景出典: ©Hajime Isayama/Kodansha 提供=大英博物館
戦後の日本マンガの全容を包括的に見せるという試みが、日本では1998年に東京都現代美術館で行われた「マンガの時代」展以来途絶えていることも踏まえれば、なぜ日本で出来ないことがイギリスで出来るのか、考えずにはいられない。
「MANGA都市TOKYO ニッポンのマンガ・アニメ・ゲーム・特撮2020」会場風景出典: 撮影:上野則宏
MANGA都市TOKYO ニッポンのマンガ・アニメ・ゲーム・特撮2020(ラ・ヴィレット(フランス)、2018年 / 国立新美術館(東京)&大分県立美術館、2020年)
第9回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展「おたく:人格=空間=都市」(2004年)で、マンガ、アニメ、ゲームなどのメディア横断的なおたく趣味と秋葉原という都市空間の変容との関係性を、展示として見せることに成功した森川嘉一郎によるキュレーション。この展示では、「東京」という都市空間が、マンガ、アニメ、ゲーム、特撮の舞台としてどのように表象されてきたかに迫っている。2018年に「MANGA⇔TOKYO」としてフランスのラ・ヴィレットで行われ、その後2020〜21年に東京・国立新美術館と大分県立美術館にて開催された。
「MANGA都市TOKYO ニッポンのマンガ・アニメ・ゲーム・特撮2020」会場風景出典: 撮影:上野則宏
文:宮本大人(明治大学)
編集:菊地七海、福島夏子+宮﨑由佳(美術出版社)
監修:宮本大人(明治大学)
制作:株式会社美術出版社
2020年制作