作成: 経済産業省
高橋留美子『うる星やつら』〔新装版〕、34巻 pp.166-167 ©︎高橋留美子/小学館
『らんま1/2』『犬夜叉』といった大人気作を生み出してきた高橋留美子。性別や種族を超越した個性豊かなキャラクターの魅力とは?
高橋留美子『うる星やつら』〔新装版〕、34巻 pp.166-167(2008)出典: ©︎高橋留美子/小学館
高橋留美子のマンガには、性別や世代、国籍をも超えた多くのファンが存在する。それだけ人々を魅了する源泉となっているのは、これまで彼女が作品内で生み出してきた、膨大な数の個性的なキャラクターだ。しかし、単に数が多いだけではない。その独創的なキャラクター造形は、今日の漫画、そしてキャラクター文化の基礎を成し、ジャンル全体に受け継がれながら今日にいたっている。
高橋留美子『勝手なやつら』、『高橋留美子傑作短編集』、1巻p.5より(1995)出典: ©︎高橋留美子/小学館
デビュー作
高橋留美子のデビュー作は『勝手なやつら』で、もともとは1978年に『週刊少年サンデー』の新人賞へ投稿された作品だった。これが雑誌に掲載され、そのまま同年に連載が開始し大ヒットとなった『うる星やつら』の原案にもなっている。しかし思えば、この『勝手なやつら』というタイトルがすでに、彼女の描くキャラクターたちの個性を表していたと言える。
高橋留美子『うる星やつら』〔新装版〕、34巻p.148(2008)出典: ©︎高橋留美子/小学館
諸星あたるとラム
とりわけ『うる星やつら』に象徴的だが、高橋留美子のキャラクターたちは、「勝手なやつら」だ。つまり作品世界を、ところ狭しと、実に自由に、奔放に、どたばたと大騒ぎして駆け回る。たとえば主人公格の諸星あたるは女性好きで、始終いろんな娘に声をかけて回っているし、そのわりにヒロインのラムが好きだとは決して言わない。だがラムは特殊能力の電撃を浴びせて怒鳴りつけながらも、彼にぞっこんで、いつも彼の周りを飛び回っている。
高橋留美子『うる星やつら』〔新装版〕、15巻p.17(2007)出典: ©︎高橋留美子/小学館
「息子」として育てられてきた藤波竜之介
作品世界の中で、キャラクターたちは自分らしく自由に生きようとする。それが高橋留美子のマンガを、特別な意味を持つものにした。たとえば彼女のマンガには、性の自由、そして性からの解放が、当然のものとして描かれる。『うる星やつら』の藤波竜之介は、父親から男装を強いられて育てられた。だがそんな彼女が「おれは女だ〜っ!!」と叫んで腕っぷしの強さを見せる姿には、性差を超越した一人の人間、キャラクターとしての魅力がある。
高橋留美子『らんま1/2』〔新装版〕、1巻 p.47(2002)出典: ©︎高橋留美子/小学館
特異体質の早乙女乱馬
『らんま1/2』(1987〜96年に『週刊少年サンデー』で連載)の主人公・早乙女乱馬は、水をかぶると女性になり、お湯につかると男性になってしまう。乱馬は「彼」なのか? もしくは「彼女」なのか? どちらでもない。乱馬は「乱馬」であり、性による区別から逃れようとする「キャラクター」なのだ。
高橋留美子『めぞん一刻』〔新装版〕、14巻p.96(2007)出典: ©︎高橋留美子/小学館
「女性らしさ」からの脱却
『めぞん一刻』(1980〜87年に『ビッグコミックスピリッツ』で連載)のヒロイン・音無響子は、奥ゆかしさと積極性の間でゆれる人物として描かれている。彼女が主人公である五代裕作と結ばれるエンディングに向かうために、物語は、彼女自身が自分の気持ちに正直になり、積極的に五代へアプローチすることを求めた。旧来的な「女性らしさ」という性役割が今以上に強く意識されていた80年代の日本で、そこから脱却する女性を描いたことも注目に値する。
島本和彦『アオイホノオ』、23巻pp.22-23(2020)出典: ©️島本和彦/小学館
絶大な影響力
高橋留美子のマンガは時代を先取りした進歩的なものだった。それは同時代の読者のみならず作家たちにも衝撃を与え、漫画のあり方、キャラクターのあり方を更新し、現在のキャラクター表現のスタンダードをつくった。島本和彦は自伝的作品『アオイホノオ』(『ゲッザン』で連載中)の中で、一足先にデビューしていた彼女に対して抱いた強烈なライバル意識を描いている。ユーモラスな表現だが、ここからも、どれだけ高橋留美子の影響力がすさまじかったのかが窺える。
高橋留美子『犬夜叉』、48巻p.22(2007)出典: ©︎高橋留美子/小学館
妖怪の殺生丸
キャラクターたちが、自分たちに期待される役割や記号性を乗り越えて、性別、種族、生まれ育ちなど、あらゆる区別を乗り越えて交流し、愛し合い、触れ合おうとすること。それが高橋留美子の主要作品すべてに存在する大きなテーマだ。『うる星やつら』などに比べるとシリアスな作風の『犬夜叉』(1996〜2008年に『週刊少年サンデー』で連載)でも、妖怪でありながら、人間の少女りんを大切に思う殺生丸をはじめ、やはり種別を超えて関係を築くキャラクターたちが描かれる。
高橋留美子『人魚の森』、p.31(2003)出典: ©︎高橋留美子/小学館
はみ出し者たち
高橋留美子のキャラクターたちは、規範意識から逃れて自由に振る舞うがゆえに、常識的な社会からは、はみ出し者として扱われていることが多い。彼女が今日まで繰り返し描いているジャパニーズホラーテイスト作品の、初期の代表作「人魚シリーズ」でも、やはり人魚の肉を食べて不老不死となってしまった湧太と真魚が主役として登場。世界から遊離してしまった彼らの目を通して、人の世が描かれる。
高橋留美子『MAO』、1巻p.31(2019)出典: ©︎高橋留美子/小学館
最新作『MAO』へ
世界のくびきから逃れたキャラクターの、自由さと、寄る辺なさ。そんな彼らが、どう生きていけばいいのか。このテーマは高橋留美子の最新長編である『MAO』(『週刊少年サンデー』で連載中)まで、一貫して受け継がれている。
高橋留美子『1ポンドの福音』、1巻p.61(1989)出典: ©︎高橋留美子/小学館
はみ出し者たちが、生きにくい世の中を、明るく、自由に生き抜いて、異なる出自や姿をしていても、愛し合う道を探す。そのために全力を尽くす個性的な異端者たち=キャラクターの姿が、読者に感動を与え、やがて「キャラクター」という概念は、日本人にとって一種独特な意味を持つものとして定着している。高橋留美子のマンガは、そういう世界を生み出したのだ。
文:さやわか
編集:菊地七海、福島夏子+宮﨑由佳(美術出版社)
監修:宮本大人(明治大学)
制作:株式会社美術出版社