作成: 京都女子大学 生活デザイン研究所
京都女子大学 生活デザイン研究所
はじめに
食品サンプルは、一般に飲食店などに陳列される料理の模型のことをいいます。料理を視覚的に説明するとともに、商品名や価格を提示することでメニューとしての役割を果たすものです。およそ 100 年前に誕生した「食品サンプル」は歴代の職人が、時代の流れに沿って素材や、在り方を変化させてきたため現在も日本中の人々が知る存在となりました。
歴史
大正初期に保健食の見本として作られた「料理模型」が現代の食品サンプルの元となったといわれています。大正 12 年には、百貨店食堂で陳列され、売り上げ向上に大いに貢献しました。そして、昭和 7 年には、岩崎瀧三によって事業化することに成功したとされています。
歴史
戦後になると、日本では電化製品が急激に発達し、ショーケースにライトが導入されます。食品サンプルは、熱や光に弱い蝋で作られていたため、ショーケース内で溶けてしまうという事案が発生しました。こうして、現在も使用される化学樹脂を使用した溶けない、耐久性の高い食品サンプルへと発展したのです。
食品サンプル《ハンバーガーセット》(2020) - 作者: 株式会社デザインポケット京都女子大学 生活デザイン研究所
食品サンプルの作り方(ハンバーガー)
1.食材の選別
実物の食材をカットします。切った時の表面が「美味しそう」かどうかが重要です。例えばトマトの 輪切りなら、種の位置が均等になっているものを選びます。 食材を選別する工程は重要で、少しでも 傷があるとそのまま型に反映されてしまうため慎重に行わなければなりません。
2.型取り
選別した食材に合わせた枠を作りシリコンを流しいれます。 空気が入らないように、2 度に分けて行います。24 時間~36 時間でシリコンが固まります。
3.塩化ビニルの着色
塩化ビニルは熱を加えると透明感が増し色が変わってし まうため、「試し焼き」を繰り返して、色の確認を行いながら作業を進めます。 食材の色に近づけることは、想像以上に難易度が高く、職人だからこそなせる技です。
4.本焼き
先ほど着色した塩化ビニルをシリコンで作成した型に流し込み、専用のオーブンで170度~240度で加熱。食材の厚みや個数、気温により温度や加熱時間は異なります。流し込む際、空気が入らないように細心の注意を払います。
5.吹き付け
本焼き後、しっかりと冷まして型から取り出し、エアブラシで吹き付けを行います。熱いうちはまだ柔らかく、触ると凹んでしまうため、冷ますことで硬化させる必要があります。エアブラシとの距離や、吹き付ける時間の長さで、濃淡をつけます。
6.仕上げ
細部は筆で彩色します。最後にトップコートとして艶出しとコーティングを行い、乾かします。この工程を踏むことで、色落ちを防ぐことにもつながるのです。
完成
食品サンプルは、どの食材に関しても、皆が頭に描く食材の一番おいしそうな形を再現しています。本物と比較してみると、一つ一つの食材が鮮やかに表現されていることが分かるでしょう。
表現しづらい色
洋食に比べて和食は格段に彩色が難しくなります。刺身の透明感や、煮物の絶妙な色合いを出すには職人の腕が必要です。単純な色ほど、本物に見せることは難しく、白色にみえる豆腐も実際は黄色や白、青など、様々な色の組み合わせにより成り立っています。また、食品には完全な黒色というものが存在しないため、こんにゃくのようなグレーも難しい色のひとつです。
耐久性
食品サンプルの耐久性は素材によって異なります。レジン性の化学樹脂だと5年程使用することができる一方、ゼラチン性のものは、約1年~2年しかもたないのですが価格は抑えることができます。お客様の求める耐久性や値段、クオリティをカウンセリングし、どの化学樹脂を用いるかを決めるのも食品サンプル会社にとって大切な仕事です。
メディア活用
食品サンプルはアイスやビールなど形状を保つことが難しい食品の撮影・CMにも起用されています。同じ食品でも、企業によって色や質感が異なるため、調合もそれぞれ異なります。スプーンですくうことのできるアイスクリームの食品サンプルなど、依頼に応じて素材の開発を行うこともあります。
ショーウィンドウの効果
大正12年に初めて食品サンプルの陳列を施行した百貨店の食堂では売り上げが従来の4倍に伸びたと言われています。また、最近ではフィリピンにある日本料理屋で食品サンプルを導入したところ売り上げを3倍に伸ばすことに成功しました。食品サンプルには「安心感」をもたらす効果があり、一見さんの多い観光地や商店街で導入することは他店との差別化を図る意味でも効果的であるといえます。
業界と内訳
今では、お土産や、雑貨としての食品サンプルが多くみられますが、2000年代にはまだ存在せず、100%ショーウィンドウに陳列する形のみで扱われていました。しかし、業界の低迷が懸念され、雑貨として一般向けに販売した結果、2010年代には売り上げの8割を一般向けのお土産や雑貨のような商品が占めることとなりました。今後のショーウィンドウでの陳列は、まだ食品サンプルの認知度が低い発展途上国をはじめとする、海外の店舗での使用が増加すると考えられます。
次世代を担う若手職人
職人の高齢化が懸念される食品サンプル業界ではありますが、少しずつ若手職人も増加しています。日本食品サンプル普及協会の代表理事を務める倉橋幸子氏が運営する「デザインポケット食品サンプルクリエイターズスクール(2015年開校)」では今まで、20代~40代の食品サンプル制作技術者50人を輩出しました(2020年現在)。日本の100年も続く大切な文化を守っていくために若手職人の力は欠かせないものです。
【資料提供・協力】
株式会社デザインポケット
倉橋幸子氏
・食品サンプル専門店デザインポケット大阪本店
・食品サンプルオンラインショップ
【参考資料】
野瀬泰申 著『眼で食べる日本人:食品サンプルはこうして生まれた』旭屋出版, 2002年
【テキスト・サイト編集】
岩﨑かなえ(京都女子大学 生活造形学科)
【カメラマン】
前﨑信也(京都女子大学 生活造形学科)
【英語翻訳】
エディー・チャン
【撮影協力】
・株式会社デザインポケット
・FOREST GREEN PASTA & BAKE by ROCCA & FRIENDS
【関連サイト】
食品サンプル年表