遊びの天才 横山隆一の世界

マンガ黎明期を支えた名手、横山隆一。その創造の原点に、高知県で触れる。

『フクちゃん』シリーズ出典: ©︎ 横山隆一記念まんが館

横山隆一。昭和の国民的キャラクター『フクちゃん』の作者として知られ、手塚治虫、やなせたかしなど後のマンガ家にも大きな影響を与えた巨匠。故郷・高知県の『横山隆一記念まんが館』を巡り、日本のマンガ史に大きな功績を残す、横山の創作の軌跡を辿る。

横山隆一記念まんが館出典: ©︎ 横山隆一記念まんが館

まんが王国・高知の始祖

『アンパンマン』のやなせたかし、『ぼくんち』の西原理恵子、『湾岸ミッドナイト』の楠みちはるに、『ジャングルの王者ターちゃん』の徳弘正也……多くのマンガ家を輩出する高知県。中高生の課外活動でマンガ教室が開かれ、高校生マンガサークルの日本一を決める「まんが甲子園」を主催するなど、地域を挙げてマンガ文化の発展に取り組んでいる。

横山隆一記念まんが館出典: ©︎ 横山隆一記念まんが館

そんな“まんが王国”高知の始祖ともいえるマンガ家がいる。『フクちゃん』で知られる横山隆一だ。1909年高知市生まれの横山は、第二次世界大戦前後を通し、独特のナンセンスなユーモア溢れる作品を残している。

高知の生糸問屋の息子として生まれ、中学校まで高知で過ごした横山は、その後、東京で彫刻家に弟子入り。『新青年』などの雑誌のマンガに触発され、仕事の合間を縫ってマンガの投稿を始めると雑誌の常連に。挿絵画やマンガで生計を立てるようになっていった。

初期の横山隆一作品出典: ©︎ 横山隆一記念まんが館

横山が影響を受けたのが、当時「Life」や「Judge」などアメリカの雑誌に掲載されたジョンヘルド・ジュニアなどのナンセンス漫画。省略された線で描かれる洒脱なタッチやわかりやすい内容に夢中になったという。それまでの日本では、政治や社会への風刺まんがが一般的。横山はナンセンスな笑いを重視した、初めての世代だった。

横山隆一記念まんが館出典: ©︎ 横山隆一記念まんが館

新漫画派集団

1932年、横山は「新漫画派集団」を結成。マンガ雑誌への投稿を競い合っていた同世代のマンガ家たちと共同で事務所を構え、グループで仕事を受けるという、画期的な発想だった。設立にあたり横山は「ただ一筋にマンガの向上と発展を期し、自由に、無作法に、溌剌と完全に因襲を打破して……」と、大胆かつ挑戦的に語っている。


「才能ある若手に仕事のチャンスが欲しい、という思いが強くあったようです」と、横山隆一記念まんが館館長の田所菜穂子さんは語る。

横山隆一記念まんが館出典: ©︎ 横山隆一記念まんが館

「当時日本の第一線で活躍していたマンガ家といえば、北沢楽天や岡本一平といった横山より20~30歳上の大御所。昔ながらの師弟制度の世界で、若手が世に出るチャンスは限られていました。また、マンガは画家がサイドワークで描くもの、と軽く見られる風潮もありました。横山たち若手世代は、活躍の場を求め仕事場を共有することで腕を磨き、存在感をアピールし仕事を得ていきました。実力があれば若手でも世に出れる土壌を生み出したのです。職業としてのマンガ家のあり方を確立させたのは、横山の大きな功績です」

フクちゃん原稿出典: ©︎ 横山隆一記念まんが館

国民的キャラクター・フクちゃん

ある年の正月、雪山でスキーを楽しむ横山のもとに、新聞社からの電報が届く。「連載を頼みたいから、すぐに東京に戻れ」。スキーのできない奥さんをソリで引っ張って山を越え、東京へと戻った横山。そうして始まったのが4コマ連載「江戸っ子健ちゃん」だった。脇役だったフクちゃんが人気とともに主役となり、フクちゃんシリーズは媒体を変えながら35年も続くことになる。1956年に始まった毎日新聞での連載は5534回を数えた。

『フクちゃん』シリーズ出典: ©︎ 横山隆一記念まんが館

フクちゃん人気から国民的マンガ家に

子どもの目線から世の中を捉えるフクちゃんシリーズは映画やテレビアニメにもなり、国民的なキャラクターに。手塚治虫ややなせたかしといった後進のマンガ家たちにも大きな影響を与えたという。横山隆一記念まんが館では、手塚治虫がフクちゃんを描いた原稿も展示されている。

手塚治虫が描いた『フクちゃん』出典: ©︎ 横山隆一記念まんが館

「戦時中、米軍が日本向けに発行した宣伝ビラに無断でフクちゃんのマンガが使用されたこともありました。それほど、昭和の日本を代表するキャラクターだったんですね。終戦後、横山はアメリカ大使館にフクちゃんの無断使用について原稿料を請求しましたが当時は相手にされませんでした。その後1994年に横山が文化功労者になったお祝いに、シャレで漫画集団仲間が再び請求したんですね。アメリカ大使よりユーモア精神あふれる支払いの承諾があり、金額は当時の時価にあわせて180円を受け取りました」

横山隆一原画出典: ©︎ 横山隆一記念まんが館

知られざる横山隆一の名仕事

評論家の呉智英氏が「フクちゃんで国民的に広く親しまれるキャラクターをつくり出し、そのわきで名人芸のようなナンセンスものを描いていた」(『百馬鹿』傑作選プラスフクちゃん 実業之日本社 追悼コラムより抜粋)と指摘するように、横山はフクちゃんの他にもマンガ史に残る重要な作品を多く残している。

横山隆一『百馬鹿』| 出版社: 奇想天外社 (1979/01)出典: ©︎ 横山隆一記念まんが館

百馬鹿

人間の滑稽さや不条理さを愛情をもって描いた、横山のナンセンスが光る1コマ漫画の名作。1968年~1970年に週刊漫画サンデーに毎号連載。新漫画派集団のメンバーでもある杉浦幸雄は「『百馬鹿』こそ、横山くんの最大傑作だと思う」と語っている。

横山隆一『勇気』原画出典: ©︎ 横山隆一記念まんが館

勇気

言葉を排除した絵のみの構成は、「マンガ家は言葉を絵にして話しかける」という横山の哲学がうかがえる。「読者があいづちを打ったら、すぐに仕事場に帰るべきで、居座っていかにも高みから啓蒙するようなアジテーターにはなってはならない」とも、横山は語っている。

横山隆一原画出典: ©︎ 横山隆一記念まんが館

絵本

横山は、子ども向けの寓話と絵を組み合わせた『絵ばなし』の制作も精力的に手掛け、美しいカラーのイラストを多く残した。『くわんたらぶね』は、1972年に出版された、台風が来ても絶対に沈まない船のおはなし。

横山隆一記念まんが館出典: ©︎ 横山隆一記念まんが館

日本初の連続テレビアニメ

日本初のテレビアニメといえば何だろう? 手塚治虫『鉄腕アトム』を思い出す人が多いかもしれないが、実はアトムが始まる2年前の1961年、横山による日本初の連続テレビアニメ『インスタントヒストリー』の放送が始まっていた。

横山は若い頃からアニメ制作の夢を描き続け、46歳で自宅の庭にアニメ制作スタジオ『おとぎプロ』を立ち上げる。頭が軽くて宙に浮いてしまうカエルの子どもの物語『ふくすけ』など、横山らしい奇想天外な発想で、日本アニメ草創期を牽引する作品がつくられていった。

おとぎプロの様子出典: ©︎ 横山隆一記念まんが館

「シナリオ作りに原画制作から編集、録音まで全て自分たちで行っていたため、膨大な時間と手間がかかったそうです。仕事としては労多く実入りは少ないのが現実で、横山は本業のマンガで稼いでアニメに注ぎ込んでいたと聞きます」と、館長の田所さんは語る。

横山隆一邸のホームバー(再現)出典: ©︎ 横山隆一記念まんが館

遊びには手を抜かない

マンガにアニメ、挿絵に絵本と驚くべきバイタリティ。しかし、横山の遊び心は尽きない。自宅には世界中のタンブラーマットや酒瓶を集めたプライベートバーを開き、趣味の鉄道模型を走らせる巨大なジオラマを制作。撮影スタジオの夏の暑さからスタッフたちと庭にプールを掘ったりと、どんなに忙しくても遊びには手を抜かない。

横山隆一邸の珍コレクション「川端康成の胆石」出典: ©︎ 横山隆一記念まんが館

さらには、マンガの聖地・トキワ荘の壁、ノーベル賞も受賞した文豪・川端康成の胆石など700点を超える珍品を蒐集。横山隆一記念まんが館ではコレクションの一部を見ることができる。それら横山の広い交友関係から集まった品々は、他人からはガラクタに見えても、本人にとっては宝物だった。

横山隆一記念まんが館出典: ©︎ 横山隆一記念まんが館

横山隆一記念まんが館のオープンを目前にした2001年、横山は92歳でこの世を去る。「人生を、あるいは人間を肯定しなければ、笑いは生まれてこない」。遊び心や衝動、人間の滑稽さとおかしみ。横山は人間の人間らしさを肯定し、笑いという形に昇華し、私たちを楽しませ続けた。

「忙しいときほど遊ぶ。それが一番面白い」と生前、本人が語っていたという。生涯をかけて遊びと笑いに生きた横山隆一とその作品たちは、切実さに直面せざるを得ない時代にこそ、改めて参照する価値があるはずだ。

提供: ストーリー


当記事は、2020年6月に取材し制作したものです。
協力:
横山隆一記念まんが館
公益財団法人高知市文化振興事業団


撮影 :七咲友梨
編集・執筆:山若マサヤ
編集:林田 沙織
制作:Skyrocket 株式会社

提供: 全展示アイテム
ストーリーによっては独立した第三者が作成した場合があり、必ずしも下記のコンテンツ提供機関の見解を表すものではありません。
もっと見る
関連するテーマ
Manga Out Of The Box
漫画の歴史、そして世界や芸術への影響を発見しよう
テーマを見る

Visual arts に興味をお持ちですか?

パーソナライズされた Culture Weekly で最新情報を入手しましょう

これで準備完了です。

最初の Culture Weekly が今週届きます。

Google アプリ