「鳥獣戯画」は、本当にマンガか?

世界に類を見ない発展を遂げた日本のマンガ。その歴史は「鳥獣戯画」にまでさかのぼることができると、よく言われる。だがそれは、本当なのだろうか? 本当だとすれば、その根拠は何だろうか? そもそもこの説は、いつ、誰が、唱えだしたのだろうか。

作成: 経済産業省

作者未詳《鳥獣人物戯画》甲巻(部分) 京都・高山寺

作者未詳《鳥獣人物戯画》甲巻(部分)出典: 京都・高山寺

鳥獣戯画はマンガ? マンガではない?

国宝《鳥獣戯画》がマンガであると言えるかどうかは、表現されたものの歴史にどう向き合うかによって変わってくる。我々が「マンガ」という言葉を何らかの形で定義し、その定義に当てはまるものはすべてマンガと見なすことにするなら、鳥獣戯画はマンガだということもできる。一方で、その表現が、生み出されたその時代に、人々がそれをどのように見なしていたかを重視するなら、鳥獣戯画はマンガではない。そもそもその時代にはまだ「漫画」という言葉自体も、日本にはなかったと考えられるからだ。

東京帝室博物館編『稿本日本帝国美術略史』、p.176(1916)出典: 国立国会図書館蔵

“諷刺画”の分野で唯一の国宝に

鳥獣戯画は明治38(1905)年、「紙本水墨戯画四巻」として国宝に指定された。大正5(1916)年に刊行された東京帝室博物館編『稿本 日本帝国美術略史』は、この作品のタイトルを「鳥獣戯画」とし、「巧に滑稽の意味を顕わし、又間々諷刺の意を寓せしめたり(たくみに滑稽の意味を表し、またしばしば諷刺の寓意を込めている)」と評している。西洋の諷刺画(カリカチュア)に当たるものとして、唯一国宝に指定されたこと。これが、この絵巻物を日本のマンガの歴史の初めに位置づける考え方を後押ししたと考えられる。

東京帝室博物館編『稿本 日本帝国美術略史』、隆文館図書、p.172-173間に掲載された鳥獣戯画(1916)出典: 国立国会図書館蔵

細木原青起『日本漫画史』、雄山閣(1924)出典: 撮影=ただ(ゆかい)

大正13(1924)年に細木原青起によって書かれた『日本漫画史』では、すでに「鳥獣戯画=日本最古の漫画」説は周知のものとして扱われていて、いつ、誰が最初に言い出したのかはよく分かっていない。

今泉一瓢『一瓢漫画集 初篇』、庚虎新誌社(1895)出典: 慶應義塾福澤研究センター蔵

「漫画」=「カリカチュア」は明治期から

そもそも「漫画」という言葉が西洋のカリカチュアに当たるものとして使われ始めたのは、福沢諭吉が創刊した新聞『時事新報』においてである。現在知られる最初の用例は同紙の明治23(1890)年2月6日号にある。米国でカリカチュアを学んで帰国し、同紙で活動していた今泉一瓢は、明治28(1895)年に出たその作品集に『一瓢漫画集 初篇』というタイトルをつけている。

今泉一瓢『一瓢漫画集 初篇』、庚虎新誌社(1895)出典: 慶應義塾福澤研究センター蔵

『一瓢漫画集初篇』には、時事新報の記者・寺山星川による序文が寄せられているが、その中で寺山は、日本の絵画の歴史において「滑稽諷刺の画」については「奥秘を極めたるものなく(奥義を極めたものはなく)」とし、例外として鳥獣戯画を挙げている。西洋の諷刺画を学んだ一瓢の漫画は、「我が絵画史の欠を補う」ものになるだろうとも言っている。

今泉一瓢『一瓢漫画集 初篇』、庚虎新誌社(1895)出典: 慶應義塾福澤研究センター蔵

寺山の考え方に従えば、日本には古来より連綿と続く漫画の歴史と言えるようなものはなく、唯一の例外が鳥獣戯画だったということになる。江戸時代、特に幕末には諷刺的な寓意を含んだ浮世絵が多く出されたが、そうしたものもこの序文では触れられていない。

今泉一瓢『一瓢漫画集 初篇』、庚虎新誌社(1895)出典: 慶應義塾福澤研究センター蔵

1882(明治15)年10月3日付『東京絵入新聞』に掲載された、まんかくの図出典: -

「漫画」という語のはじまり

「漫画」という漢語はもともとヘラサギの類の鳥を指すもので、日本では18世紀の初めからその用例が見られる。その場合の読み方は「まんが」ではなく「まんかく」である。18世紀の終わりごろになると、「そぞろがきの絵」という意味での用例が現れるが、まだ「滑稽画、諷刺画」という意味ではなかった。浮世絵師・葛飾北斎による『北斎漫画』の「漫画」も同様である。

葛飾北斎『伝神開手北斎漫画 初編』より(1814)出典: 大英博物館 © The Trustees of the British Museum

北斎はなぜ「漫画」を選んだ?

『北斎漫画』の「漫画」が何を意味するかについては、そぞろがきの絵だろうとする説と、「まんかく」という鳥の、食を求めて終日休まず、「飽くことなく渉猟する」という性質を念頭において、ありとあらゆる題材をありとあらゆる技法で描いた絵を集めた書物、という意味でこの語を選んだのだとする説がある。後者だとすれば、のちに石ノ森章太郎が、マンガをあらゆる事象を描き出す「萬画」と記そうと提唱した考え方は、すでに先取りされていたとも言える。

葛飾北斎『伝神開手北斎漫画 第10編』より(1819)出典: 大英博物館 © The Trustees of the British Museum

こうの史代『ギガタウン 漫符図譜』(2015)出典: 朝日新聞出版

「今」と「昔」を比較する視点

「漫画」という名のジャンルが存在するという認識が描き手にも読み手にも共有され、かつ技法や様式の継承関係や連続性をたどることができるという意味での「漫画史」は、明治時代に始まるものだというほかない。「漫画」を「マンガ」とカタカナで書いたり「まんが」とひらがなで書いたりすることも、その歴史の中に位置づけることができる。 一方で、「諷刺画・滑稽画」としての「カリカチュア」の定義に当てはまるものや、絵と言葉とコマによる物語表現としての「コミックス」に当てはまるものを、過去のさまざまな表現の中に見出していくことも、それがあくまで、当時の人々の認識とは別に、「今」「私たちが」行っている営みであることを自覚した上でなら、創造的な発見につながるものでありうるだろう。

こうの史代『ギガタウン 漫符図譜』p.10(2015)出典: 朝日新聞出版

鳥獣戯画の動物たちを使って現代マンガの技法を考えるこうの史代の『ギガタウン 漫符図譜』(朝日新聞出版、2018)は、鳥獣戯画と今日の日本のマンガの異同について考えさせてくれる。

提供: ストーリー

文:宮本大人(明治大学)
編集:菊地七海、福島夏子+宮﨑由佳(美術出版社)
監修:宮本大人(明治大学)
制作:株式会社美術出版社
2020年制作

提供: 全展示アイテム
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