電子掲示板「2ちゃんねる」に投稿された「おたく」を表したアスキーアート出典: -
「おたく」とは
日本のマンガは、その一角が、「おたく」とのイメージ的な結び付きを形成したり、「おたく文化」の中に位置付けられたりしてきた。「おたく」という語は、学校のクラスの中でも異性から人気がないタイプの、英語の「nerd」に類する人物像を指すとともに、アニメやゲームなどの、特定のサブカルチャーの領域にのめり込んでいるというイメージにその特質がある。結果として、そのような人物像と結びつけられたサブカルチャーの領域が、「おたく文化」ととらえられるようになった。
「おたく」の命名を担った中森明夫のエッセイ「おたくの研究(1)街には『おたく』がいっぱい」『漫画ブリッコ』1983年6月号、pp.200-201出典: 白夜書房(旧セルフ出版)
「おたく」の命名
「おたく」という語は、当時若手のライターだった中森明夫が、白夜書房(旧セルフ書房)発行の『漫画ブリッコ』1983年6月号に寄せたエッセイの中で命名したものである。他方、それ以前から使われていたとする証言もある。1970年代末頃から規模を拡大させるようになっていたマンガやアニメのファン・イベントでは、一部の参加者に、「お宅」という二人称で互いを呼ぶという、特徴的な言葉遣いが見受けられた。それを転じて付けられた呼称であるということは、諸説にまたがって一致している。
1980年代初頭の女性向けアニパロ同人誌出典: 画像=筆者提供
おたくとアニパロ同人誌
1975年に始まったコミックマーケットなどの、マンガ同人誌の展示即売会では、女性のアニメファンが男児向けアニメに登場する男性キャラクター同士をカップルに見立てるエロティックなパロディが確立する一方、これに対抗して、男性のアニメファンが少女マンガ風やアニメ調の絵柄でエロマンガを描くというパロディが開拓され、それぞれが女性向けと男性向けのおたく文化を特徴付けるスタイルへと発達していくこととなった。
『無幻戦士ヴァリス』、1986出典: 開発=ウルフチーム 発売=日本テレネット
おたく文化の形成と拡張
アニパロ同人誌などで形成されたスタイルは、同人出身のマンガ家とともに商業的なマンガ誌においても展開されるようになるだけでなく、マニア的なファン向けに作られるようになったオリジナル・ビデオ・アニメや、アニメ調の絵柄を売りにしたパソコンゲーム、美少女キャラクターをフィギュア化したガレージキットなどにも浸透し、新たな流行や潮流がさまざまな作品媒体や商品形態、イベントやコミュニティにまたがって相互に環流する「おたく文化」の様相を呈するようになった。
ビデオテープが山積みされた宮崎勤の部屋(1989年)出典: 写真:読売新聞/アフロ
おたくと「宮崎事件」
1989年に、その前年から世間の注目を集めていた連続幼女誘拐殺人事件の被疑者として、宮崎勤という、当時26歳の青年が逮捕された。それまでの猟奇的事件の犯人像とは異なる大人しそうな風貌とともに、自室に6000本近くのビデオテープが発見されたことや、アニメ誌を購読していたこと、マンガ同人誌展示即売会に参加していたことなどがマスコミで取り沙汰された。その人物像を表す言葉として「おたく」という語が一般に浸透するとともに、マンガやアニメ趣味に対するネガティブなイメージも、そこに付帯することとなった。
秋葉原の街の風景出典: 撮影=森川嘉一郎
男性向けのおたく文化と秋葉原
1990年代末頃から、それまで電気街として知られていた秋葉原に、マンガやアニメ、フィギュアの専門店が急激に集中するようになり、主に男性向けのおたく文化の中心地へと変貌した。「おたく」という人物像と、特定の場所との結び付きが形成されたのである。マンガ同人誌の委託販売を行うマンガ専門書店が、老舗の家電店の跡地に新築の店舗ビルを建て、アニメ調の美少女がおどる数多の壁面広告が、街の風景を彩るようになった。
池袋「乙女ロード」の街の風景出典: 撮影=森川嘉一郎
女性向けのおたく文化と「乙女ロード」
池袋のサンシャイン60の近くには、秋葉原がおたく文化の中心地になる以前から、アニメやマンガの専門店が複数立地していた。1990年代末頃から男性向けの需要が秋葉原に集中するようになった結果、池袋の専門店は女性向けの品揃えを厚くするようになり、2004年にはマンガ情報誌上で「乙女ロード」と呼ばれるにいたる。男性向けと女性向けにセグメント化された、おたく文化の特質を反映するかたちで、都内の別々の街にそれぞれの中心地が形成された。
あずま きよひこ『あずまんが大王』1巻(KADOKAWA/アスキー・メディアワークス)出典: © KIYOHIKO AZUMA / YOTUBA SUTAZIO
『あずまんが大王』と「萌え四コマ」ジャンル
男性向けと女性向け、双方のマンガ同人誌で発達した二次創作の手法として、パロディ元の作品ではドラマティックな物語の渦中にあるキャラクターたちの、ゆるい日常生活を描くという形式がある。同人出身で、オリジナル・ビデオ・アニメの販促用パロディマンガを手掛けてきたあずまきよひこによる『あずまんが大王』(メディアワークス、1999年)は、このパロディマンガで培われた手法をオリジナル作品の創出に応用展開したもので、そのヒットが、「萌え四コマ」ジャンルの成立へとつながった。
『コミックマーケットスペシャル6 — OTAKU SUMMIT 2015 — カタログ』表紙出典: 主催:コミックマーケット準備会、有限会社コミケット
おたく文化とクールジャパン
1989年の通称「宮崎事件」(東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件)により、極めてネガティブなイメージをともなう形で「おたく」という語が一般に浸透して以降、秋葉原の変貌が面白おかしくマスコミで取り沙汰されたり、「おたく文化」と見なされてきた日本のアニメの国際的な人気が報じられたりするなかで、「おたく」やその文化のイメージは、相対的には少なからず好転した。2015年には「OTAKU SUMMIT」と題するコミックマーケットの特別回が開催され、与野党それぞれの国会議員が祝辞に訪れた。
女性に人気のオンラインゲームを特集する女性誌の中トビラ、『女性セブン』2018年12月6日号出典: 小学館
「おたく市場」と日本の少子化
マンガ・アニメ・ゲームなどに関わる産業は、少子化とともに縮小していく若年層から、中年以降もマンガ・アニメ・ゲームを愛好し続け、かつ可処分所得も増えていく層へと、作品や商品の展開をシフトさせてきた。この「おたく市場」の開拓が、おたく文化の拡大、さらにはイメージの好転の背景にもなっている。
文:森川嘉一郎(明治大学)
編集:福島夏子(美術出版社)、島貫泰介
監修:宮本大人(明治大学)
制作:株式会社美術出版社
2020年制作