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宗茂の柳川再封後、寛永六年(一六二九)の家臣団の状況がわかる侍帳。十時摂津守(惟保)が大組頭として二〇〇〇石で記載され、台頭が著しい。これは、父・連貞とともに浪牢、その後の奥州南郷(棚倉)領主期の宗茂を支えたためだと考えられる。これに対して、肥後に留まった兄・成重を継いだ八右衛門惟利は七〇〇石で、叔父にあたる摂津守惟保の配下に列せられている。
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