ヴィトルト・ピレツキは、ポーランドの軍人、諜報部員、レジスタンス運動リーダー。ポーランド軍騎兵士官としてポーランド・ソビエト戦争を戦い、第二次世界大戦の勃発後はドイツ占領下となったポーランドで抵抗組織TAPを結成、さらに抵抗組織国内軍 の一員として活動を続けた。
1940年9月、内情を探るために自ら志願してアウシュヴィッツ強制収容所に潜入し、収容者による抵抗運動を組織するなどの活動を行った後、1943年4月脱獄に成功、後にアウシュヴィッツの実態とホロコーストについて言及した連合国側初の報告書『アウシュヴィッツ潜入記』を書いた。
1944年8月のワルシャワ蜂起でも部隊を率いて戦い「勇者の中の勇者」と讃えられ、大戦末期にはヴワディスワフ・アンデルスの下で諜報活動を行ったが、ポーランド亡命政府側であったピレツキは大戦後の1947年3月にワルシャワで共産党政権当局に逮捕され、拷問と見せしめ裁判の末にモコトゥフ刑務所で処刑された。
カトリック教徒である。