日本の国土は、南北に長く、四季を持つ表情豊かな自然の宝庫です。日本の食文化は、自然の恵みと日本の文化である年中行事に育まれてきました。自然の恵みである「食」を家族、地域で分け合い、食の時間を共に過ごすことで、絆を深めてきました。 年中行事の行事食は、地域の恵みの食材とかつお節や昆布、そして地域特有の食材のうま味で作った「だし」を基本に、日本独自の麹による発酵文化で味噌、醤油といううま味あふれる発酵調味料によって味付けされました。行事食は、正月や五節句といった「ハレ」の日にみんなで一緒に味わいました。五節句にまつわる行事食とうま味についてご紹介します。
五節句(ひがしきよみ(人日、上巳)、丸山 智衣 (端午、七夕、重陽))うま味インフォメーションセンター(NPO法人)
日本で最も親しまれている五つの行事
五節句とは、1月7日「人日(じんじつ)の節句」、3月3日「上巳(じょうし)の節句」、5月5日「端午(たんご)の節句」、7月7日「七夕(しちせき)の節句」9月9日「重陽(ちょうよう)の節句」のことです。それぞれに「七草の節句」「桃の節句」「菖蒲(しょうぶ)の節句」「笹の葉の節句」「菊の節句」と生命力のある植物の別名があります。
1月7日 -人日(じんじつ)~七草の節句と七草粥
「人日」とは、「人の日」の意味です。古代中国では、1月1日から日ごとに動物の名前を付け、7番目の1月7日を「人の日」としていました。この日には、7日にちなみ7種類の葉が入った汁物を食べる風習がありましたが、これが日本の「若菜摘み」という生命力の高い若葉を摘む風習と結びつき、平安時代には、7種の若菜をいれた七草粥(ななくさがゆ)が食べられるようになりました。 和食では、だしのうま味を生かした料理がとても多い中で、七草粥はだしを使用していません。優しく穏やかな味の七草粥で正月料理による胃腸の疲れをいやすのが目的ですが、ぬか漬け、浅漬け、塩昆布など、うま味が豊富なものを少量、小皿で付け合せることで、淡泊なお粥の味にアクセントをつけるのも良いでしょう。
春の七草うま味インフォメーションセンター(NPO法人)
「春の七草」で無病息災を願う
松の内(1月1日~7日)の最後の日にお正月のご馳走三昧で疲れた胃腸を癒します。春の七草:芹(せり)、薺(なずな)、御形(ごぎょう)、繁縷(はこべら)、仏の座(ほとけのざ)、菘(すずな)、蘿蔔(すずしろ)
芹(せり)
カロチンやビタミンCが豊富で免疫力を高める。
薺(なずな、ぺんぺんぐさ)
鉄分、亜鉛などのミネラルが豊富で利尿や解毒の薬効がある。
御形(ごぎょう、ははこぐさ)
せきやたんをとめ風邪の予防や解熱に。
繁縷(はこべら、はこべ)
眼に良いビタミンAが豊富。
仏の座(ほとけのざ)
現在のコオニタビラコ。植物繊維を豊富に含む。胃腸に良い。
菘(すずな)
蕪(かぶ)のこと。蘿蔔(すずしろ-大根)とともに、ビタミンが豊富でアミラーゼなど消化促進に良い。
蘿蔔(すずしろ)
大根のこと。
うま味成分:グルタミン酸: 30~70mg/100g
雛祭りの食卓(撮影:丸山 智衣)出典: SHUN GATE
3月3日 - 上巳(じょうし)~桃の節句 (雛祭り)
上巳は女の子の節句とされています。かつては邪気を払い、気力・体力を充実させるという薬酒「桃花酒」が飲まれてましたが、やがて多彩な料理とともに、白酒などが好まれるようになりました。中国では古来、3月最初の「巳の日」に、川で禊(みそぎ)・厄払いする行事があり、3世紀ごろに3月3日に定着しました。一方、日本では人形(ひとがた)流しという厄払いの風習がありました。これは、紙を人間の形に切り、悪いところを撫でて息を吹きかけてケガレを移し、川に流すものです。宮中行事になると、人形を3年ほど保管して流す風習になりました。保管の長期化につれ紙から布へ、布からぬいぐるみのようなものになり、川に流さない今の雛祭りの形になりました。
端午の節句が男の子の節句となると、上巳(桃)の節句は女の子の節句の色合いが強くなっていきました。節句料理の中でも、ちらし寿司とハマグリのお吸い物は、うま味の効いた料理として今も食されています。特にハマグリは、対になっている貝殻以外合わないということから、良縁の祈願と夫婦円満の証とされました。ハマグリからたっぷりと出てくるうま味成分であるグルタミン酸が塩味を引き立ててくれるので、ハマグリの潮汁は塩分控えめでも充分に美味しくいただけます。
粽(ちまき)寿司(撮影:食空間コーディネーター ひがしきよみ)うま味インフォメーションセンター(NPO法人)
5月5日 -端午~菖蒲(しょうぶ)の節句と柏餅・粽(ちまき)
端午は男の子の節句とされ、柏餅や粽(ちまき)を食べ、立身出世の象徴である鯉のぼりや、災いから身を守る兜を飾って成長を祈ります。この季節は、古来中国では雨期の邪気払いが行われ、日本でも田植えに先立って豊穣を願う時期にあたります。菖蒲はにおいが強く、蛇や虫を寄せ付けないため、悪霊や災厄を避けとして菖蒲湯や菖蒲酒が好まれました。田植えは主に女性の役割であったため、古来の「菖蒲の節句」は女性が中心でしたが、武士の時代になると菖蒲が「勝負」や「尚武」に通じるとして武家の男子の成長を祝う行事となったのです。
端午~菖蒲(しょうぶ)の節句の行事食
端午の節句に柏の葉で包んだ柏餅を食べるのは、新しい芽が出るまで古い葉が落ちない柏の葉が、親から子へ代が途切れることなく続く、縁起のよいものとされたためといわれています。粽は歴史が古く、関西中心に食され、柏餅は江戸時代に関東から広まりました。和菓子は小豆や白いんげん等で作った餡の甘味が美味しさの中心となっているなかで、白みそを使った餡を入れた柏餅は、ほのかなうま味を上手に取り入れた和菓子の代表と言えるでしょう。白みそは発酵期間が普通の味噌に比べて短いので、うま味成分のグルタミン酸の量は他の味噌よりも少なめですが、和菓子の甘味とのバランスが絶妙です。
7月7日 -七夕~笹の葉の節句
7月7日の七夕は織姫と彦星が1年に1度、天の川を超えて再開できる日とされています。「笹の節句」ともいわれ、五色の短冊に願いをかけて書き、笹竹につるすと願いが叶うとされています。 元になったのは古代中国の星伝説の行事「乞功奠(キッコウデン)」といわれ、奈良時代に女性の天皇・孝謙天皇がこの節句を行ったとされます。乞は願う、巧は巧みに上達する、奠はまつるという意味で、織姫にあやかって裁縫や機織りの技が上手になるように、江戸時代には書道などの手習い全般が上達するように祈りました。 七夕を「しちせき」とは呼ばず「たなばた」と呼ぶのは、機(はた)を織る乙女のことを「たなばたつめ」と呼んだことに由来します。
7月7日 -七夕~笹の葉の節句の行事食
七夕の節句にはそうめんが供されます。そうめんの起源は、奈良時代に中国から伝来した「索餅(さくべい)」であると言われます。索は、縄を意味し餅は小麦粉で練ったものを意味します。7月7日に食べると1年間の無病息災に繋がり、縁起のいいものとされ、それがやがてそうめんに変化していきました。冷たい素麺に欠かせないのは麺つゆです。素麺の‘つゆ’に使われる醤油にはグルタミン酸、鰹節にはイノシン酸が豊富に含まれています。二つのうま味物質の相乗効果でうま味の効いた‘つゆ’が出来上がります。うま味たっぷりの‘つゆ’が、のど越しの食感を引き立ててくれます。
索餅(さくべい)(撮影:丸山 智衣)出典: SHUN GATE
小麦粉と餅粉を練ってねじり、揚げたりゆでたりした菓子、「索餅(さくべい)」。そうめんの起源とも言われます。
9月9日 -重陽(ちょうよう)~菊の節句
重陽の節句は、別名「菊の節句」と言われます。菊は長寿に効く薬花と考えられており、茹でて食したり、菊花を清酒に浮かべたりします。 重陽の節句は、平安時代に中国から宮中に伝わりました。陰陽道思想の中で縁起の良い陽数(奇数)の中でも最大の「九」が重なる(重陽)ことから、おめでたい日とされ盛大にお祝いされていました。五節句の中では、やや定着が遅く、庶民には、江戸時代に五節句が祝日とされてから広まりました。
9月9日 -重陽(ちょうよう)~菊の節句の行事食(菊、栗、なす)
農山村では、この日を秋の収穫祭りとする地域が多く、栗の収穫時期とも重なることから、「栗の節句」とも言われます。生気に満ちた栗と取れたての稲との栗ご飯を食べ、五穀豊穣を祝います。また、九州北部では「くんち」という祭りが行われ、旬の食材を使った料理が供されますが、旬のなすを食べると中風(発熱や悪寒頭痛の総称)にならないという言い伝えがあります。なすは油やだしとの相性がよく、揚げびたしにすることで、噛んだ時にだしのうま味が口の中に広がります。料理の上に飾ったかつお節もうま味が豊富なので、うま味の深みと広がり、そして食べ終わった後に続くうま味の余韻が楽しめます。